脳の中の倫理(マイケル・S・ガザニガ)

タイトルの脳神経学者の本を読み人間の複雑さと面白さを実感しましたが、その中に社会的動物である人間が生き残る為に一番必要な能力が他者の意図を読み取る能力と断言していたのが特に印象に残ています。

これは全ての動物の生き残りに必須なものですが抜粋しながら私の思いも入れ書き残してみたいと思います。

私達はいつも人の心を読もうとしている。 彼女は僕を好きか? 上司は私を評価しているか? あの人は右へ行くか? 左へ行くか? 彼・彼女ははったりをかけているのか? それとも本当の事を言っているのか? 等と人間は目覚めている間じゅう他者の考えや感情など相手の意図を理解しようとしていますが、著者はその複雑な脳のメカニズムを長年研究し、その中から人それぞれの善悪の倫理が生まれるメカニズムを解明しようとしています。

他者の気持ちを理解するには、自分の行動と他者の行動の両方を忠実に映し出す鏡(ミラー)の能力が必須で、猿だけでなく人間にもこのミラーニューロン能力があって、運動能力も含めあらゆる場面で作用している事が最近は知られています。

そして他者の意図を推し量る能力が生死や人生に大きな影響を及ぼすのですが、その能力は遺伝子と環境の相互作用によって決定さられているのは理解できると思います。

では兄弟は同じ親の遺伝子と同じ親の環境で育つのに、違いはどうして生まれる? の疑問が生まれます。

どういう人間になるのか? に兄弟・姉妹が共有する家庭環境はわずかな役割しか果たしていないそうで、家庭より兄弟・姉妹が共有していない環境で個人的に体験する突発的出来事が人間性や倫理を形成する大きな要素だそうです。

本には詳細な実験内容や結果なども述べられておりますが、人間の信念を形成するのが左脳であることも判ってきて、認知症の研究から派生して頭を良くする薬(スマートドラッグ)もネズミの実験では出来ているそうですが、頭の良い脳に改造したマウスは物覚えがは早くなった副作用で痛みに敏感になったそうです。

例え遺伝子を操作して優秀な子供を作ったとしても、環境との間で予測不能の相互作用を経験しなければ知的能力が獲得できないことを多くの人が理解すれば、人はもっと優秀な他者に対して謙虚になれるのでは? と思います。
この著者が繰り返し述べているのは、ミラーで他者の感情を理解し他者の心を読むことは社会の仕組みをうまく機能させるために絶対に必要であるということです。

そして他者の意図を読み取ったことを材料に行う人間の脳の最も重要な仕事が決断を下すことです。

社会の中で自分の立ち位置と廻りの状況を考慮に入れて判断し決断することが、集団の中で生きるうえで一番大切な要素であるとすれば、子供を育てる時に親が線路をひいて子供を意のままにすることが如何に危険なことか? が理解できると思います。

そして誰でもいつも無意識にでもやっている自分と他者を比較せずにいられない人間の欲求、それをそれぞれがどう処理をして生きていくか? その思考が実は人間の脳を発達させたと述べていたのも印象に残っています。

実はその処理の仕方に人間性や倫理観が深く係わっているので、兄弟でもその後の人生が大きく違って来ます。

倫理を決める人間の自由意思と呼ばれるものの誤解を解く鍵になるものが、私達自身が気づく前に脳は多くのことを決断しているという実験結果です。

人は誰でも行動に起こさないだけで、誰もが邪悪な思いは持っていて、それを行動に移すか? 移さないか? の決断も私達自身が気づく前に脳は決断しているということです。

倫理を決める『自由意思は禁止する力の中に存在している』という言葉で表現していますが、つまり誰も見ていない所で自分に得になるような・相手の不利になるような邪悪なことを思い止まる自分への『自由の禁止』が人間の脳の中の倫理であり、その自由の禁止を出来ない犯罪者の脳の解析では前頭葉が正常に機能しないタンパク質が多いことが判ってきて、その結果として抑制メカニズムが働いていないそうです。

私は人間にとっての究極の幸福の十分条件は健康と大切な人との絆であって、生きて行く上で欠かせない大切なお金は人間が生きる為の必要条件ではあっても十分条件ではないと思っています。

しかし多くの人は健康や大切な人を失ってから気付くのですが、後悔してお金は手段で目的は心豊かに大切な人と健康で楽しく過ごす時間だったと気付くのでは悲し過ぎます。

全ては私達が気づく前に脳が決断している事が作用しているのでは? と考えると脳の中の倫理は私達の大切な人生を実に大きく左右しています