家長の十分条件。

六十三歳まで生きて判ったことは、最近は非常に少ない親族が上手く行っている家系では、家長が扇の要の役割をしている事です。 

扇の枝葉を束ねる家長の必要条件は二つで、親族への配慮の為の金銭的な余裕と人格が備わっていることで、そうでないと家長の一言に納得しない人がどの親族にも必ずいます。 

家長に相当しない枝葉にどんなに立派な人格者がいても、家長の要に相当しない人の言うことは聞かず、その親族にまとまりは生まれません。 

家長が人格者の扇の要であれば、自分だけでなく各家庭がより良くなる事を考えて発言・行動します。 

その人格に一番必要な資質は『いつも人の幸せを願い喜ぶ、広く素直な気持ちを持っていること』です。 

そんな人間性を備えている人に共通している姿勢は、自分の心の中の邪悪なものに気づき、自己嫌悪を覚え、それを克服する為の学びの向上心の持続性です。 

現代の親族結束崩壊の原因は豊かさによるエゴの肥大と競争社会によって家長に位置する人に二つの要素が備わるのが難しい時代になったことです。 

高度成長以後の親族間では『どこの高校・大学に行ったか』『どこの会社に入ったか』『どれだけ収入があるか・安定しているか』などの自己顕示欲競争が社会全体の人の無意識領域に浸透してしまい、単純に親族同士がお互いの幸せを思いやる気持ちも崩壊しました。 

明治以後の人達は江戸幕府が亡び・ペリー来航・新政府誕生・世界大戦からの敗戦などを経験し、危機が迫った状況で生きる連続でしたので、いつも誰かの助けなしで生きられないことを身に沁みて生きていたので、本能的に結束し利他的な生活でした。 

人の不幸を自分の痛みとして実感し、返り血を浴びる覚悟で助言と援助の手を差し伸べるのは、豊かでない時代を生き抜くための同朋意識の強さです。

これからは家長と親族崩壊も時代の流れの中で進む必然と受け入れ、人の幸せを見て自分の不幸を確認すのを止め『あんな人になろう』と模倣し学ぶ姿勢を持つことがこれからの厳しい時代を生きる為の必要条件になったと認識する大切さを思います。